HTA 意思決定プロセスにおける患者の関与
はじめに
HTA 意思決定プロセス全体は、図 1 に示すようなものとして考慮することができ、患者は多数のさまざまな方法で HTA 決定に関与できます。
患者の関与領域
データ (調査)
HTA 機関は、所与の利用可能な情報 (データ) の付加価値について判断する必要があります。この文脈におけるデータは、臨床研究から患者の体験までさまざまです。データの評価は定性または定量調査研究のいずれかの形態となります。
患者が「データ」を HTA に貢献できる方法は複数あります。たとえば以下のようなものが挙げられます
- 患者報告結果評価 (PROM) の作成や検証、規制機関、HTA 機関、製薬会社が臨床試験において何を評価すべきかの理解の支援
- 質の高い調査への参加
- 以下を目的とした調査の展開または完了
- ある疾患を抱えて生活している患者の人数に関する情報の取得
- ある疾患を抱えている患者の経験の記録 (たとえばさまざまな形態の疾患を抱えた患者の数など)
- 現行の治療を受けている患者の経験の記録 (たとえば特定の副作用を経験している患者の人数や、その副作用を過度であると評価している患者の割合など)
- 患者の経験やストーリーの HTA 機関への提示 – HTA 機関はそのような提示の情報を使用して残りのデータを調べます。たとえば、広範囲の薬を飲まなければならないため、病気は負担であると患者が絶えず報告するのであれば、HTA 機関はすべてのデータを見て新薬や新しい薬剤投与方法によってこの負担が軽減されるかどうかを確認します。
- HTA 機関が現在の選択肢と比較して (公平さ、平等さ、法関連、倫理、心理社会的なものなど) 、さまざまな決定基準を通じて影響を理解できるような構造化形式を使用した評価目的での患者の提案の HTA 機関への提供。提案は、理想的には幅広い範囲の患者からの情報を系統的に、公平に提示するものとします。そこには上記要素のすべてが含まれていることもあります。
課題の 1 つは、新しい技術の個々の特性に関する患者の視点をどう収集し、分析し、考慮するかです。たとえば、静脈内投与と 1 日 1 錠の錠剤の違いは患者にとっては大きいかもしれませんが、価値評価ではどこにもとらえられません (たとえば質調整生存年がどのくらい増加するかといったアプローチを使って価値を評価するなど) 。したがって、全体的な価値の評価に加えて、離散選択実験などのうまく実施される選好調査が有用かもしれません。このような調査は、無作為化対照試験のデータを使用するとしっかりと支えられるため、そうでなければうまく実施される HTA ではほとんどまたはまったく重みのない、単なる好みの主張であると考慮されてしまうようなもの (「私はそれよりもこっちが好きだ」など) に適切な科学的厳密さを提供します。
決定の問題 (文脈)
調査で扱う質問は、多くの場合臨床医が定義します。しかしながらこの段階では、以下のような理由で患者の視点を考慮する必要があります
- 患者にとって重要な問題が、調査の構成や証拠の判定方法で確実に考慮されるようにする。
- 調査の質問のスコーピングや HTA 機関の決定問題の定義を支援する、そして
- コンサルティング用に発行される推奨事項の草稿にコメントし、推奨事項が公平であるようにする。
科学的判断と分析
科学的判断とは、基本となるデータ分析の方法的および系統的考慮事項です。誤った判断や大きなばらつきのある判断は、誤った所見や予想できない所見、そして潜在的に誤った意思決定につながることがあります。患者や患者集団は、以下のような行動を取ることができます
- 地域の HTA 機関に評価マニュアルや手法ガイダンス (手法に関するガイダンスのマニュアル) があることを確認し、ない場合には推奨します。これによって科学的分析における一貫性と、透明で最新の類似アプローチの使用が奨励される可能性があります。
- マニュアルまたは手法ガイダンスがある場合には、患者報告結果評価の評価手法や患者の視点を組み込む他の方法があるかどうかも調べ、それを組み込むように依頼する。
- HTA 機関が行うマニュアル、手法ガイダンスの協議や更新に関与し、患者の視点を組み込むためのプロセスが明確に記載されることを確認する。
価値
この文脈では、価値とは証拠の解釈の基本となる、個人がもたらす優先事項を意味します。たとえば、他と比較して特定の結果や疾患を排除することはどの程度重要でしょうか。価値はまた、意思決定のさまざまな要素の相対的重要性を含むこともあります。たとえば新しい技術の効果の公平性や平等性、その法的、倫理的、心理社会的関わりなどです。
患者や患者集団は、以下のような行動を取ることができます
- 地域の HTA 機関に価値や基準に基づいた意思決定の枠組みがあることを確認します。HTA 機関の中には、一貫した透明な枠組みを適用しているところもあります。ほとんどの場合、価値の枠組みが存在しないか、HTA 機関が臨床的な効果と費用効果を考慮すると述べるにとどまります。価値は費用を利益の評価と比較するため、臨床的または費用対効果の枠組みは臨床的な効果 (健康の結果) のみを尊重します。患者は枠組みを推進したり、また枠組みがある場合には包含を提唱できます。
- 地域の HTA 機関に、患者からの提案を提示し、一般的なニーズや患者に関連した情報を理解することで具体的な患者集団ではなく幅広い市民の代表として訴える代表者がいることを確認する。
- 患者集団の提示を使用して、考慮すべきさまざまな決定基準の相対的重要性を強調する。たとえば健康の結果、公平性、平等性、法的、倫理的、心理社会的なものがあります。これは意見であったり、アンケートなどの実証的研究に基づくものが考えられます。
推奨事項 (評価)
推奨事項は、考慮されるデータおよび組み込まれる価値と一致している必要があります。患者や患者集団は、以下のような行動を取ることができます
- 地域の HTA 機関に推奨事項を審査し、フィードバックを提供するメカニズムがあることを確認する。または、そのようなメカニズムを求めて推奨手順が説明可能で公正であるようにする。
- 審査やフィードバックのメカニズムが存在する場合は、推奨事項を審査してそれに対するフィードバックを提供し、患者の証拠を確認し、情報が考慮され、提供される価値に関するデータや情報と一致するようにする。
- 患者が理解できるような推奨事項の概要を伝える。
決定
決定は、推奨事項と一致している必要があります。一致していない場合は、なぜ相違があるのかについて理由を提供する必要があります。患者が証人と価値提供者の役割から提唱者の役割に転換できるのはこの段階です。
患者や患者集団は、以下のような行動を取ることができます
- 決定の相対的重要性に関する推奨事項に先立って地域の意思決定者とやり取りし、情報が HTA 機関に提供されていることを確認する。
- 推奨事項が作成されてから HTA プロセスにおける説明責任を改善する手段として決定が下されるまでの時間を監視する。
- 決定が下されてから、または決定が不当に遅れた後に適切な政治的プロセス (擁護など) に関与する。
- 推奨されるそれ以降の調査に資金が供給されるように提唱し、決定が下されたらその調査に参加する。
ガバナンス
1 つの HTA に対するプロセスの外では、HTA 機関のガバナンスにおいて患者が重要な役割を担います。たとえば、患者は HTA プロセスの審査に寄与したり、実際に患者の関与プロセスの評価において役に立つことができます。
HTA プロセスにおける患者の経験の調査
HTA プロセスの中には、患者に疾患を抱えて生活するとはどのようなものか、また新しい治療や新薬が利用できるとはどんなことを意味するのかを説明するように求めるものもあります。こういった患者体験は、HTA 機関に複数の重要な情報を中継します
- これらは実世界の「ケース」と考慮されます。しかしながら、個々のケースは特別に強力な形態の証拠ではありません。HTA 機関は人口全体の体験に関心があり、これは対象となっている疾患を抱えた患者集団の定性調査によってよりよくとらえられます。これが患者組織によって支援可能な領域であり、組織メンバーの幅広い集団体験を利用して個々の患者によるあらゆる証言を裏付けることができます。
- これらはどの結果が重要なのかに関する事前の指標となります。臨床データがどのように使用され、どの結果を調べなければならないかに関する視点を提示できます。また、「価値」の視点も生み出すことができ、どの結果が最も重要で、患者にとって受け入れ可能な「意味のある」相違とはどのようなものなのかを指摘します。ここでも、HTA 機関は人口全体により関心があり、個々の「ケース」よりも人口に基づいた調査の方が与えられる情報が多くなります。しかしながら、調査がなければケースが有用な出発点となることができ、他では見つからないような視点を提供できます。
意見の調査 – 「擁護」対「証拠」
HTA プロセスは、意思決定に有用となることを意図しています。適切なデータと分析を公正で説明可能なプロセスと組み合わせて使用し、当局が決定の基本とすることができるような推奨事項を提示します (必要とする患者に新たな医療技術をどのように利用可能にするかなど) 。このプロセスでは、患者の生活に対して新たな技術の価値が考慮されるよう、患者の意見が極めて重要です。患者はその技術が利用可能になることが自分の生活にとって極めて重要であると考えているかもしれません。この場合、HTA プロセスの最後に来る決定は、患者の健康にて重要な役割を果たすことができます。患者の優先事項が確実に考慮されるよう、患者は意思決定者に情報を提供して決定がいかに重要か、そしてそれがなぜそれほど重要なのかをよりよく説明する必要があります。擁護できるプロセスを使用して利用可能な情報に基づいた決定が正当であることを証明するために意思決定者が知るべきなのはこれです。
患者の役割は、適切な HTA プロセスが導入されるようにすることです。これには以下が含まれます。
- 分析や推奨に明確で透明なプロセスが使用されるようにする。
- 分析の定義における患者の関与を容易にする。
- HTA 推奨事項を作成する委員会に参加する。
- 推奨および分析においてフィードバックを提供する、そして
- すでに議論されている原理と一致した視点で寄与する (対象となっている疾患を抱えて生活するとはどのようなものか、現在利用可能な治療の制限は何か、また情報が全体的な価値の評価に有用となるような場合には、特定の製品特性に対する好みなどを含む) 。
多くの HTA プロセスは、「主要」原理と考慮されるこういった重要な慣習には不十分です。たとえば、多くの HTA 委員会には患者の代表、つまり推奨段階においてプロセスを理解し、患者に変わって訴えることのできる人がいません。
HTA における患者の関与に対する価値と品質基準
2014 年、Health Technology Assessment International (HTAi) は、幅広い利害関係者と国際的に協力して HTA における患者の関与に対する価値と品質基準を作成しました。こういった価値は基礎となる原則であり、HTA において患者の関与がなぜ重要なのかを示すものです。品質基準は、HTA の一般プロセスを具体化するときや、個々の HTA における患者の有効的な関与を確実にするために HTA 機関が講じることのできる実用的な段階です。(全文については、HTAi の「Values and Quality Standards for Patient Involvement in HTA」」を参照してください。)
こういった価値や品質基準の推進は初期段階におけるものですが、患者集団はこれらを HTA 機関と共に推進し、HTAi 活動に参加して採用を奨励する上で重要な役割を果たします。
結論
患者が寄与することのできる HTA の側面は多様にあります。患者の役割は新薬が開発される前に始まり、HTA 中、そして HTA 推奨が行われた後も続きます。どのような患者や患者集団にとっても出発点となるのは、地域の HTA プロセスに使用されるデータを調べること、そしてデータが公正で説明可能であるかどうかを評価することです。
最終的に、HTA 機関は疾患を抱えた患者全員が新しい技術によってどう影響されるかを理解する必要があります。地域の患者の大きな代表標本が関与し、優れた調査アプローチを利用する調査が HTA 機関にとって最も有用となります。患者集団は、個人の話を取り次ぐだけでなく、どのようにしたらこういった HTA プロセスに対して人口に基づいた調査を最もうまく作成、または提供できるかも考えるといいでしょう。
[glossary_exclude]追加資料
- Health Technology Assessment International (2014). ‘Values and Quality Standards for Patient Involvement in HTA’. Retrieved 11 July, 2021, from https://htai.org/interest-groups/pcig/values-and-standards/
- Health Technology Assessment International (2015). ‘FOR PATIENT GROUPS AND INDIVIDUAL PATIENTS’. Retrieved 11 July, 2021, from https://htai.org/interest-groups/pcig/resources/for-patients-and-patient-groups/
- Health Technology Assessment International (2014). Completing a patient group submission template: Guidance for patient organisations. Retrieved 11 July, 2021, from https://htai.org/wp-content/uploads/2018/02/PCISG-Resource-GuidanceandChecklist-Dec14.pdf[/glossary_exclude]
参照文献
- Eddy, D.M.(1990) ‘Clinical decision making:from theory to practice.Anatomy of a decision.’ Journal of the American Medical Association, 263(2), 441-3.
添付文書
A2-6.09-v1.1