HTA における倫理的・法的・社会的課題 (ELSI)

はじめに

技術が与える影響を評価するには、医療制度や社会で生じる可能性を反映した包括的な情報が必要になります。優れた分析には、専門家のアドバイスや情報源として用いられるさまざまな学問領域の手法を活用することが求められます。

医療技術評価 (HTA) 機関は、分析に際し、医療技術の使用 (または不使用) により生じる倫理的、社会的、法的問題を含め幅広く考慮する必要があります。

HTA における倫理的な問題

医療技術により生じる倫理的な問題は、ここ数十年でより顕著になってきました。これは、次を含む要因の組み合わせによるものです。

  • より複雑化した治療を提供するため複雑性を増す制度
  • すべての技術が優れているという仮定の再検討
  • 医療にリソースを割く際に必要となる困難な選択に対する認識

HTA の領域では、特に以下の分野で倫理的な問題が生じます。

  • 技術の利用
  • 研究の実施
  • 財源の割り当て

技術の利用

HTA の実施に際しては、既存の技術や新たな技術の効果に焦点を当てます。技術が使用される態様により、その技術と関連する倫理的な問題の影響範囲が決まります。技術が異なる態様や異なる状況で使用される場合、関連する倫理的な問題の影響範囲が異なる可能性が高くなります。たとえば、個人が疾患を発症する可能性を判断するための遺伝子検査は、健康成人と胎児 (出生前検診) とでは異なる倫理的影響をもたらす恐れがあります。

HTA 機関によるガイドラインで医学的に適切な治療が定義されていますが、特定の症例において技術が使用されるかどうかについては、個々の開業医と患者が絶対的な意思決定者です。技術の評価により、善行 (ベネフィット) と無害 (悪影響を与えない) のバランスについての重要な情報を得られます。

ベネフィットをもたらさない技術の使用は、善行の原則と矛盾することでしょう。HTA レポートにより、技術の使用や不使用が正義の原則に反する可能性がある状況を特定し、その使用について適切な勧告を行うことができます。ヒトの研究に関するものと同じ原則が、技術の使用についても適用されます。

研究の実施

HTA には情報の収集や、場合によっては医療技術の根拠や裏付けとなる科学だけでなく、技術を使用する可能性がある患者さまの好みや価値観に関する独自の研究を実施することが含まれます。一部の HTA 機関は、患者さまの好みや価値観を定性調査により直接調査する場合があります。これは、技術の使用に関する決断の際に重視する必要がある、極めて望ましい健康効果と副作用の両方を有する技術において特に重要となります。倫理的観点からは、患者さまの好みに対する研究は健康効果についての研究と異なるところはありません。したがって、研究実施に関する規格に準拠し、人格の尊重、善行、正義についてのヘルシンキ宣言に定められた原則に沿ったものである必要があります。

財源の割り当て

HTA 評価は、医療に関連する財源の割り当てについて決定するため頻繁に使用されます。財源を割り当てる際は、平等なアクセスと公正なアクセスの区別に注意が必要です。

  • 財源の割り当てに関する議論において、公正とは、公平な割り当てを意味するようになりました。
  • 平等なアクセスと公正なアクセスの相違点は、割り当てが個々の患者のニーズ (公正) を反映したものであるか、あるいは誰もが平等にアクセスできるか (平等) により決まります。
  • 平等な割り当ての原則により、財源が限られている場合に医療財源の不適切な配分を招く可能性があります。例えば:特定のピルが平等に配布された場合、集団の誰もがニーズとは無関係に 1 つのピルを受け取ります。しかし、集団の中には 10 個のピルが必要な者がいるかもしれませんが、入手可能なピルの量が制限されているため、その者は 10 個のピルを手に入れることはできないことでしょう。公正な配分においては、最も必要とする者が確実に医療技術にアクセスできることが求められます。

倫理分析の考慮事項

過去数年にわたり、倫理分析をサポートする組織が大規模に発展してきました。倫理的問題の体系的な検討を補助するため HTA に従事した学術機関によりチェックリストが作成されてきました。このチェックリストは多くの HTA 機関により使用され、患者団体にとって有益です (たとえば、追加資料にリストされた Hofmann et al. (2014) を参照してください)。

HTA における社会的問題

社会と文化はともに倫理的規範と意思決定のあり方を形成し、これは同じ技術に関する決定が違う環境では異なる可能性があることを意味します。倫理的問題と社会的問題が同じではない可能性があることに留意することが重要です。技術の使用や人間の尊厳に関する不安など、社会的アウトカムの一部の側面は、臨床転帰や倫理的アウトカムと重なることがあります。

既存の文献や独自調査の再検討により、社会的効果を調べることができます。しかし、生じ得る社会的効果を把握するために実施される調査は、疫学ではなく、社会学、医療人類学、および社会とテクノロジーなど、他の学問分野から流用されます。このような調査は通常、定性調査です。多くの場合、事前にアウトカムを特定するのではなく、どのアウトカムが関連するか明らかにしようと試みます。新しい技術の社会的・文化的効果を把握するため、このような調査は患者の経験に依拠しており、これは、既存の HTA プロセスの形成において患者が重要な役割を果たすことができる発展しつつある分野です。

HTA における法的問題

法制度は世界各地で異なりますが、文化的背景にかかわらず、技術使用の特定の側面は法制度において注目を集める可能性があります。専門的診療のレベルでは、非倫理的な診療は違法であるため、倫理と法律とは密接な関係にあります。違法診療は、個々の医療関係者や勤務先の施設や組織に対する刑事訴訟や民事訴訟に発展する恐れがあります。

一般的に、HTA に関連する法的側面は、責務に法的に対応する法的責任と関係があります。HTA 機関は、医療技術の評価において考慮することが重要であるため、法的問題とフレームワークを検討する必要があります。

さらに、HTA 機関は、評価の結論に同意しない利害関係者が訴訟を起こす可能性があることを認識する必要があります。したがって、高品質の評価を保証する合理的ステップを取らない HTA 機関は、信頼性のある評価の実施に失敗したことを理由とする訴訟のリスクにさらされる可能性があります。

倫理的・法的・社会的課題 (ELSI) チェックリスト

EUnetHTA は、倫理的・法的・社会的問題の効果評価に役立つ ELSI チェックリストを作成しました。これは、HTA Core Model® と併せて使用できます。

  1. 倫理的
    1. 新薬の導入や、明確に定義された既存の比較対象の代わりに将来新薬を使用または使用しないことにより、新たな倫理的問題を招きますか。
    2. 新薬を明確に定義された既存の比較対象と比較すると、倫理的に関連する可能性がある相違点がありますか。
  2. 組織的
    1. 新薬の導入や、明確に定義された既存の比較対象の代わりに将来新薬を使用または使用しないことにより、組織的に関連する可能性がある相違点がありますか。
    2. 新薬を明確に定義された既存の比較対象と比較すると、組織的に関連する可能性がある相違点がありますか。
  3. 社会的
    1. 新薬の導入や、明確に定義された既存の比較対象の代わりに将来新薬を使用または使用しないことにより、新たな社会的問題を招きますか。
    2. 新薬を明確に定義された既存の比較対象と比較すると、社会的に関連する可能性がある相違点がありますか。
  4. 法的
    1. 新薬の導入や、明確に定義された既存の比較対象の代わりに将来新薬を使用または使用しないことにより、新たな法的問題を招きますか。
    2. 新薬を明確に定義された既存の比較対象と比較すると、法的に関連する可能性がある相違点がありますか。

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