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活動家、邪魔をする人、アドボケート

時代に合わないのは、活動家、それとも患者のアドボケートか?

私は患者の活動支援を1991年に始めました。当時はとても患者の活動支援と呼べたものではありませんでした。私たちは、糊の入ったバケツとポスターを持って、夜間に近所を歩き回り、バケツとモップを使って壁にポスターを貼りつけました。エイズ治療の嘆かわしい状況やエイズ患者の日々の治療について注意を喚起しようとしました。(HIV という言葉は存在していたものの、効果的な治療法もなかったため、HIV にかかった人は比較的短い時間でエイズを発症し、その後亡くなっていたのです)。活動家の数は決して十分とは言えませんでした。それでも私たちは政治家が演説をしたり、新しい地域センターを開いたり、イベントで祝辞を述べたりしているところはどこへでも出かけました。私たちは黙っていることも、周囲に敬意を払うこともめったにしませんでした。政治の指導者と話ができるときはいつでも、私たちは常に用心して、相手が私たちを単に黙らせようとしているのか、それとも実際に事態を進めようとしているのか見極めようとしました (前者の場合が多かったのですが…)。

私たちは絶えず抗議をし、通りでダイ・イン活動をしたり、邪魔をするような出来事を計画したりしていました。治療法がなかっただけではなく、病気を抱えている人に対する敬意もありませんでした。

それ以来、事態は劇的に変化しました。HIV には数えきれないほどの治療法があり、きれいな針の使用により薬物使用のコミュニティでは(きれいな針が手に入る場所はどこでも)、死亡者数が減少し、さらには感染者数も減少しています。とはいえ、全体として感染者数は減っていません。それはどうしてと、聞きたくなるかもしれません。

ウイルス性伝染病で必要とされるのは優れた治療法だけでなく、感染を減らす方法も必要なのです。さらに大半の政府は予防に関するキャンペーンや教育への支出を短期間で中止していました。現状を変えようとする政治的意思がほとんどないため、HIV 感染が許容できないレベルまで高まっていることを私たちは引き続き目にすることになります。そうなんです。毎年、治療費が高騰しているのに、予防に関してはマイナスとなっています。政治家は短期的にしかものを見ていないのです。

教育と情報に基づいた意思決定

欧州患者アカデミーとして望んでいることは、教育に基づいて寿命を延ばし、生活の質を向上させ、健康で人生を送る旅の次のステップについて患者を含むあらゆる人が正しい決定を下せるようにすることなのです。もっと広い視野で、例えば仮にあなたが魔女の風船に乗ったドロシーでより大きな計画を見渡せるとしたら、あなたと社会にとって何が最もよいことでしょうか。現在あなたが何を必要としているのかだけでなく、あなたの家族が来週必要となることは何か、隣人が来月必要となることは何か、地域社会において長期にわたって必要となるのは何なのでしょう。

すべてに答えがあるわけではなく、研究開発など治療のあらゆる側面において、まだ長い道のりがあります。私たちは患者、医師、規制当局、治療の提供者、そして社会全体と十分なコミュニケーションを取る必要があります。

私たちはその道のりを歩き始めたばかりとはいえ、その道のりはたぶん想像したよりもでこぼこしていて曲がりくねっています。多くの人が治療を全く受けていないのです。いったいどこからはじめたら良いでしょうか。私たちと一緒に歩み、私たちともに学び、様々に思っていることや何がうまく行き、何がだめだったのかを共有しましょう。そうすれば、私たち全員が目的を達することになるでしょう。