展開医療

はじめに

展開医療には明確な定義というものはないため、この言葉が指す意味も人によって認識が異なります。展開医療はトランスレーショナル サイエンスと呼ばれることもありますが、ここでは急速に成長している生物医学研究の分野として定義し、複数の専門分野の専門家が高度な協働的アプローチを活用して、新しい診断ツールや治療法の発見を促進することを目的としています。

展開医療は、科学的知識を「ベンチからベッドサイドへ」(bench to bedside: B2B) 移す試みと説明される場合が多く、基礎研究の進歩が基盤となっています。たとえば、細胞培養や動物モデルを使った生物学的プロセスの研究を行い、それを活用して新しい治療法や医療処置を開発しています。

展開医療の概念には、次のような複数の見解が存在します。

ロックフェラー大学 (ニューヨーク) の Barry S. Coller は、展開医療を「健康に関するニーズに対処する科学的手法の応用」と定義しています。

同氏は、新しい知識の創造を主要な目標とする基礎研究とは異なり、トランスレーショナル サイエンスは人間の健康の向上を主要な目標とすると考えています。

シンシナティ小児病院医療センターの John Hutton は、展開医療の完全に合理的な「公式」の定義を「実験室での研究や臨床研究、集団研究から生まれた科学的発見を、疾病の発症率や死亡率を低下させることで人間の健康を改善する新しい臨床ツールおよび臨床適用へとつなげる活動」とすべきであると述べています。

この定義は、「Transforming Translation – Harnessing Discovery for Patient and Public Benefit」(米国国立衛生研究所がん諮問委員会のトランスレーショナル リサーチ ワーキング グループが 2007 年に作成した報告書) から引用し、適応されたものです。

中心となる概念

展開医療とは、実験室での有望な発見を臨床適用へと転換し、疾病の予測、予防、診断、治療を促進する研究活動を活用して臨床上の疑問に答える試みのことです。つまり、医学生物学の基礎的な研究成果を実践的な理論や技術、手法へと転換し、実験室での研究作業と臨床診療の橋渡しを行います。

展開医療で重点が置かれているのは、疾病の治療と予防に対する効果が証明された戦略を最終的に患者集団に対して実施することです。

展開医療:双方向の概念

展開医療は実験室から臨床現場への情報の流れを促進するものであり、また同様に、臨床現場から実験室への流れも促進されなければなりません。つまり、次に示すような 双方向の概念 ということです。

  • ベンチからベッドサイドへ : 研究によって開発された新しい治療方法を臨床的に試験することで、効率を向上させることを目的としています。
  • ベッドサイドからベンチへ: 新しい治療方法の適用と改善方法に関するフィードバックを提供します。

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現在、生体系に対する理解と、ベンチ (実験室) とベッドサイド (臨床現場) の両方で適用できる強力な新しいツールの開発における進歩は、双方向のトランスレーショナル環境においてヒトの疾患に対するこれまでにない見通しを提供しています。

展開医療では、臨床診療で新しい知識を統合し、臨床で得られた所見と疑問を実験室の科学的仮説に取り入れることを目指しています。また、疾病過程の特徴付けと、ヒトの直接的な観察に基づく新しい仮説の立案を容易にします。

患者と患者団体は、この分野の多様な利害関係者間での継続的なフィードバックとコミュニケーションを確保するうえで非常に重要な役割を果たし、活動を成功に導くために欠かせない存在となっています。

展開医療の歴史

展開医療という言葉が生まれたのは 1990 年代ですが、広く使われるようになったのは 2000 年代前半です。元々は、ベンチからベッドサイド (B2B) という概念から生まれた研究活動であり、実験室での研究と臨床研究の障壁を取り除くことを目的とした医学的研究と位置付けられていました。

2003年、米国医学研究所の臨床研究円卓会議 (Clinical Research Roundtable) が現在使われている用語とトランスレーショナル リサーチのモデルを2 段階の研究プロセスとして以下から説明しました。

  • 基礎科学から臨床科学
  • 臨床科学から公衆衛生に対する影響

文献で発表された最新のトランスレーション モデルは、4 T のモデルです。

  • T1:潜在的な臨床適用 (理論的知識) への基礎科学的発見 (基礎知識) 過程
  • T2:エビデンスに基づくガイドライン (有効性知識) の 過程
  • T3:臨床的ケアまたは介入 (応用知識) の 過程
  • T4:コミュニティまたは集団の健康 (公衆衛生に関する知識)

展開医療のニーズ

定義とは関係なく、展開医療に対する大きなニーズが存在することは明白です。その主な理由は次のとおりです。

  • 世界の多くの国々で平均余命が急速に伸びていることから、慢性疾患の有病率が上昇している。これにより、治療には費用がかかり、長期化する可能性があります。
  • 有病率の継続的な上昇により、医療費の増加が見込まれている。
  • 診断方法の改善により、新たに発見された疾病 (多くは希少疾病) に対する治療の要求が高まっている。

展開医療の最終的な目標は、新しい診断方法や新しい医薬品、疾病の治療に関する新しい知識をこれまで以上に迅速に開発することで患者を支援し、無理のないコストで人々が治療を受けられるようにすることです。

展開医療の機会と課題

この種の医療は、ここ数年間に起こった優れた科学的イノベーションを一般集団の健康増進につなげるという役割を果たしてきました。これは、次のように達成されてきています。

  • 物理学および材料科学における進歩を活用して、医療的病状の研究または診断に対する新しいアプローチを提供する
  • 治験への新しいエンドポイントの組み込みを促進することで、臨床試験の期間を短縮する
  • 試験可能な薬剤の臨床段階への移行が促進されるため、新製品の検証期間が短縮され、非臨床試験に関連するコストが削減される

ただし、この種の医療には多くの課題も残されています。これは、十分な設備が整っていない環境でも疾病の予防または治療を現実的かつ上手く実施できる公衆衛生モデルを実現するように成果を転換する必要があるためです。これは、展開医療に対する支援的環境を生み出し、緊急性があり満たされていないグローバル ニーズに対応できる診断や予後診断、治療方法の新たな手法の開発手段を特定することで可能となります。

健康と疾患に関する生物学のさまざまな基礎的側面の知識は、最新の所見を新しい効果的な予防法や治療法に確実にそのまま転換するには、いまだに十分とは言えません。展開医療の目標は、基礎的な生物医学的発見および行動学的発見に対する継続的な投資と進歩を効率的なトランスレーショナル サイエンスと組み合わせることによってのみ達成できます。臨床および展開医療の新しい知識を広めるニーズを満たすことで、これまで以上に優れた臨床診療につなげることができます。

展開医療の実績

展開医療は、ある分野内で既存のプロセスを改変するのではなく、生物医学的発見と応用の効率を向上させる活動において、複雑さや専門性が高まり細分化が進んでいる生物医学的研究の統一概念としての役割を果たしています。その基盤となるのは、複数の調査研究から得られた情報の組み合わせです。このアプローチにより、ヒトの生物学的理解と疾病に関する理解が深まり、治療法の発見と試験が迅速化されます。そのため、 患者の治療方法と転帰の改善がもたらされます。

ただし、これらの分野が創造性の強力な原動力であり続けるように、トランスレーショナル リサーチと臨床研究のより明確なビジョンの開発を後押しする必要があります。

添付文書

A2-1.15-V1.4